Terlajur Sayang (Memes)

最愛なる思い出の曲;過ぎ去りし思い出と愛しき友

インドネシアに限らずとも、人それぞれに心に残る思い出の曲があると思います。この曲“Terlanjur Sayang”は、Memesというインドネシアの女性歌手が恐らく30年近く前に歌った、当時のヒットソングだと思います。Memesの息子さんが同じくミュージシャンとして活躍していると聞いたのも、既に15年前、大変古い話しになります。

この曲との出会い

それは、25年以上前に遡ります。当時、とあるカラオケ店でインドネシア人の女性がこの歌を歌いました。聞いた時には、余りインパクトが無く耳障りも良い為、すーっと素通りしたのかと思います。恐らく、一回目の駐在後半で帰国も近かったのかと思います。そのまま駐在を終え、日本に帰国。そして日本の生活に馴染み切らず悶々としている中、ふとこの曲のメロディーが耳を過ぎりました。それから約5年間、当時は曲名を知る余地もなく時間が過ぎ去って行きました。そして約5年を日本で過ごした後に、はたまた海外の仕事に付き、度々インドネシアに出張する機会を持ちました。そしていくつものカラオケ店をめぐり、この曲のメロディーを口ずさみその曲名を尋ねて廻りました。私の覚えていたメロディーが心許なかったのかも知れませんが、その捜索には非常に時間が掛かりました。そして何度目の出張か、何軒目の店か又どこの店かも忘れましたが、“アー、この曲じゃない?”と言われその曲をリクエストしてもらうと、Terlajur Sayangが出て参りました。ほぼ6年越しの探し物に出会えたのでした。うれしくて、その店の皆さんにチップを振る舞い、CDを買って来て貰うように手配。そしてようやくこの曲を心置きなく聞くことが出来るようになりました。

それ以降、カラオケでは毎回この曲を歌うのですが、結構難しいのです。それとかなり古い曲なので、システムに入っていなかったり、あってもDVDがすり減っていて空回りしたりと段々無くなりつつあります。しかし今の時代は、これがYoutubeに残っているので安心です。又流石に断捨離・終活を進める中でも、このCDは捨てられません。中々上手く歌えませんが今でも忘れられない思い出の一曲として、私の心に響いています。

Terlajur Sayang その意味は?

ここからが本題なのですが、さてこのインドネシア語はどんな意味だろう?ということなんです。辞書を引くと無論その意味は出て参ります。
Terlanjur=>1.口が滑る、2.・・・してしまう(取り戻すことが出来ない)
       又は、・・・してしまった。もう、手遅れ。
Sayang=>可愛がる、大事にする、大切に思う、愛しい人、残念、勿体ない
       その他もろもろ。
この訳は、多くの先生方にも聞きまわりましたが、未だしっくりと来るものが無く答えが見つからないのです。そして文頭に記した“過ぎ去りし思い出と愛しき友”が私なりの解釈です。
この様にインドネシア語も日本語もアジアの言語として、その言葉の持つ意味は広く、又深く、例えばインドネシア語でその意味は概ね理解出来る、しかしこれを日本語のそれも漢字熟語で表すとなると非常に困難なケースが多くなります。特に新聞の見出し等、日本語の新聞とてその短縮形の見出しは事情を知らないと理解が難しいケースが多いように、これがインドネシア語となると、その推測はより一層難しくなります。この奥深さがインドネシア語(アジア言語)の面白さと言えるのかも知れません。
そこに人それぞれの生き様、背景、経験、その他もろもろの要素が絡んで来ます。正にその国に入ればその国の言葉を使い、その国の言葉を使ってその文化、歴史を学ぶということなのでしょう。

Yama

投稿者: Yama

こんにちは。 Yama です。 定年を迎え、ブログを立ち上げます。 インドネシアに長くおりましたので、インドネシア語の勉強法などなどで、少しでも皆様のお役に立てればと思います。

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