終活終わりました???(完成編)

断捨離中の個人スペース

断捨離完了後の個人スペース

上段の写真は、別ブログでご紹介しました“断捨離半ばの状況”、下段が“断捨離完了後”となります。現在、65歳にしてインドネシアで再出発を期しましたが、出発前の状況となります。“日本には、ファイル一冊、海外はスーツケース一個”をモットーにやっておりますが、これはモットーであり中々その通りにはいかないのも事実であります。さして変化が無いようにも見えますが、上の写真から下の状態まで、ポリ袋大で5-6袋のゴミ廃却。メルカリによる売却で40-50アイテムを削減しております。

断捨離完了後の状況

昨今、本屋でも多く見かけるミニマリストの本にある写真と比較すれば、なんだまだまだ色々あるじゃないかと思われると思います。真っ白の部屋に、PC一台、カーテンもいらない、写真映りも非常に綺麗。これは現実的には中々出来ないのかなと思います。今慌てて捨てなくても良いもので、当座スペースが或るものは残しております。

モノを残す判断基準

何かの場合に捨てて貰って良いものは、無理に処分せずに残す。
何かの場合に参照すべき重要書類等は、まとめておく。

これを断捨離時の基準としました。残念ながら、ファイル一冊とはいきませんでしたが、二冊にまとめ緊急時と何かの時はそれだけを参照する、その他は廃却しても良い状態としました。よって、上の写真に残るものは、ファイル二冊を除き、廃却可能としております。

私の場合家族がおりますので、ファイル二冊以外は、何かあったら廃却可能・・・と言い残しております。

残されたモノは?

1)インドネシア語の教材
本棚二段分の本は、その大半が“インドネシア語教材”です。約20年間、新しいテキストが出版されると買い足してきました。どんな本屋よりも多くのラインナップがあると自負しています。これは、現時点では捨てられません。よって、KEEPしております。再購入出来ないものも多々ありますので。

2)写真
下段二段分のアルバムとポリケースに入った写真は、すでに三分の一まで整理しましたが、今は亡き両親の写真と少ないながらも昔凝った時代もあった、個人で撮影した写真が中心となっております。電子データにして残す手もありますが、かなりの量があり高額となってしまいます為、この状態まででKEEPすることとしました。

3)卒業アルバム
思い切れば捨てられますが、定年後に同窓生と会う機会も増える可能性があり、その時に話のネタにもなろうかと、取り急ぎKEEPしております。

4)中古カメラコレクション
上の写真にある、カメラ用防湿庫もメルカリで販売しました。一台は残しておこうと思ったお気に入りの年代物美品カメラが高額で購入されたのを切っ掛けに、全て売却する決心が付きました。まだ三台のカメラが売れ残っております。

5)その他
洋服やその他のモノは?と思われるでしょう。別のところに保管しているものもあるのでは?その通り、一軒家なので多少分散しているものもあります。
*靴が四足(革靴=2、スニーカー=1、その他=1)が靴箱に、
*オーバーコート、スーツ(礼服)=5-6着と衣類プラケース1箱
がこれ以外の私物すべてとなります。

インドネシアへの旅立ち(スーツケース一個?)

PCや小物が見当たりませんね。その通り、この写真は出発前夜に撮影したものです。
よって、携帯品としてスーツケースが二個、ビジネスバッグが一つ分の荷物が除外されております。あれ、モットーはスーツケース一個では?と思われるでしょう。はい、そうなんですが、空港にスーツケース一個を二日前出しにしますと、翌日分の衣類、洗面道具等が残ってしまいます。これをまとめると小型スーツケース半分位になってしまいます。ここに、少しながらのお土産と当座分のカップ麺等非常食を詰めて、大中二個のスーツケースとなります。

以上が全ての私物となりました。気持ち的には非常にスッキリとし、海外であーこれも持ってきた方が良かったとか、あれが有れば良かったという思いは全くなくなります。何も残されていない訳ですから。

心機一転、65歳定年からスクラッチでのスタートを切る事といたします。定年、手ぶら人生の始まりです。面白くなりますよ、これからが。

座右の銘(私バージョン)

皆さん各々に“座右の銘”をお持ちだと思います。
座右の銘は、人それぞれの生い立ち、生きてきた証・信条としてあるもので、
どれが正解という代物ではありません。
私も高齢者の仲間入り、この機会にこれを記しておきたいと思いました。
(終活と共に、遺言の一種ですね。)
私の“座右の銘”は、子供のころに親から言い伝えられたものが強く印象に残り頭に
刷り込まれたものと、その引用とともに個人的に少し細工をしたものになって
います。そこに自らの信条を少し入れ込んだ、変形バージョンとなっております。

実は、これらは今考えた訳では無く、おおよそ20年前に当時小学生だった子供達
と散歩をしながら、少し歌にのせて歌いながら固めていったように記憶しております。
早速紹介いたします。

人を馬鹿馬鹿いう馬鹿は己の馬鹿を知らぬ馬鹿

いつ迄もあると思うな親と金

安い安いと買う馬鹿は買わぬ馬鹿より損をする

能ある鷹は爪隠し隠した爪をまた磨く

座右の銘が、四つもあるのは多すぎると思われるかも知れませんが、それぞれが私の信条として意味を持ちます。以下に解説を付けます。
どこまで響くのか?
それにしても馬鹿が多いですね。
(これは自分のことを言っておりますのでお気になさらず。)

人を馬鹿馬鹿いう馬鹿は己の馬鹿を知らぬ馬鹿

ことわざ辞典や、ネット検索しましたが、これズバリは無いようですね。
ネット内で、これは“ソクラテスの無知の知”と同意であるとの解説を見ました。
“人の振り見て我が振り直せ”など人にまつわる諺は数多くありますが、、、
これは、確か子供のころに祖母から、そしてその後に父親から良く聞かされたように記憶しています。かなり庶民的な言い回しであったものなのでしょう。

謙遜”を表し、いつも自らの無知を自覚し人の話しを良く聞き知識を広めていくことが大切でしょう。

長い海外生活では、このように考えておりました。
一つの国を理解するのは、容易なことではありません。三年、五年いやそれ以上いても中々全てを知ることは出来ない。海外にいると、海外の人に良く日本のことを聞かれます。又、昨今はあらゆる国からも多くの方が日本を訪問し、色々なところへ行き、色々な食事をされています。日本人だから知ってい当たり前のように、“あの店は美味しいね!”と言われても
“いやー、聞いたことはあるが、行ったことは無いよ、とか食べたことは無いよ。”となります。文化や風習も然りです。よって数日、数週間の出張や旅行で得たその国の情報又は知識だけで、その国を語ることは上辺だけのことだと思っています。
日本人が日本のことを全て知らない、分からない様に。

よって、他国に入れば、その国の人は皆先生として接します。

いつ迄もあると思うな親と金

自立・独立の精神”を表します。
引用-集英社 新修 ことわざ辞典、親はいつまでも生きていて子供のめんどうをみてくれるものではない。いつかは死ぬ。金も使えば減ってなくなる。自分から独立することを心掛け、倹約しておかなければ必ず困る時がくる。
“一円を笑う者は一円に泣く”なども有名ですね。

これも、良く父親から聞いたように記憶しております。そう言いながらも結果的には親が年金生活に入ってからも随分と世話になったような気がいたします。
もう二人ともおりませんが。
今、自分が年金生活に突入すると、実際問題子供の面倒を見てやりたくてもその余裕がない。有ればいくらでも分け与えたいのだが、自分の生活がやっとでは、、、

よって、このことわざはいつの時代にも真実であり、その通りだと思います。
各々に、“何時までも”の時間差はありますが。

安い安いと買う馬鹿は買わぬ馬鹿より損をする

経済、節約”を表します。
これは自作で、上の“人を馬鹿馬鹿、、、、、”から韻を踏んで出来上がりました。
要は、不要なものは買うな、安いからといった理由でまとめ買いなどはしなさんな、という警告です。安くても買うよりは買わない方が安いのです。
買わないのはただですから。

しかしこれも逆があり、必要なものは買う、又自分の好きなもの、こだわりのあるものは買うということなんです。
よって“買わぬ馬鹿”は、必要なものまで買わないで結果困る、又は後で買うときに値段が上がってしまって結局損をする、この様な人のことです。(・・・私です。)

能ある鷹は爪隠し隠した爪をまた磨く

自己研鑽・学びの醍醐味”を表します。
引用-集英社 新修 ことわざ辞典、“能ある鷹は爪隠す”より自作。
“能ある鷹は爪隠す”- すぐれた才能のある者ほど、日ごろは、それを見せびらかさないことのたとえ。

自己研鑽とは、このようなことだと思います。人によって考え方が違いますので、どちらが正解とは言えませんが、先に何を勉強する、或いはこの資格を取るなどと宣言し自らを追い込むやり方と、全く周囲には言わず相当なレベルになるまで耐え忍び勉強する。正に“隠した爪をまた磨き”絶対的なものにする。そして自信をもって人前に出す、というやり方。私は後者が圧倒的に好きです。
しかしながら、私のように爪磨きにあまり時間が掛かっていると、間に合わなくなってしまいますので注意が必要です。

自己研鑽・学びは、それが世間で評価された時に達成感と大きな満足が得られます。
そして、自分自身の固体に蓄積されるもので、自分自身の努力が全てです。又、死んでしまえば全てがチャラ、これが醍醐味かも知れません。決して買えないもの、USBの様に簡単にカートリッジの入れ替えが効かないものであります。

最後に

上の自己研鑽の一つに、私のインドネシア語学習があります。滞在期間を含めておよそ30年のこの国との関わりのなかで、インドネシア語は私のライフワークとなりました。そしてどのような語学学習もそうだと思いますが、まだまだ納得が行くレベルに達しません。しかしながら、これを隠したままで人生を終わるのも勿体ないとの思いからこのブログを立ち上げました。
未だ、本題に記事に行きつきませんが、これからインドネシア語の勉強サイトを充実させて行きますので、宜しくお願い致します。

定年退職後の反省(重要)

“Yamaちゃんのインドネシア定年ブログ”とブログ名を付けましたので、少々この点に付いても触れておきたいと思います。少しでも皆様(定年前又は若い世代)のお役に立てばと思います。いつかは迎える定年退職、無論事前に分かっていることですが“イヤー、まだこの会社にいられるのかなー”と言う甘い考えとともに、あっと言う間にその時は来てしまいます。50代は忙しさにかまけ、60歳の還暦を迎え、定年を意識して海外インドネシアで広くネットワークを拡大しようと努め色々な方とお会いして来ました。然しながら、それらが直接次のステップに繋がることは有りませんでした。そして、折しもコロナ禍の真っただ中、然しながらコロナのせいには出来ません。63歳半ばにして、定年退職となりました。私の場合、インドネシアでの出向契約打ち切りと同時に日本の本社も定年退職となった訳です。
そして今年の年頭に帰国、その後色々な手続き等を経るなかで思うことは次の二点です。

1)60歳から65歳は大変重要な時期です。

正に直近の状況ですが、かねてから頭の中にはあったのですが、少々手遅れでした。この年齢非常に大切な期間です。何故かというと、これは定年制度の問題です。定年はかつてから、55歳=>60歳=>65歳(そして近い将来70歳となるでしょう。)そして60歳から65歳となったのは2012年、まだ10年ほどしかたっていないのです。そして企業は65歳までの雇用義務が生じましたが、定年年齢を完全に65歳迄とする企業は左程多くはないのです。一旦60歳で定年退職となり、以降は嘱託やら再雇用との名目で雇用は確保するも、その勤務条件はまちまち(往々にして雇用条件、すなわち給与はかなり低くなる)であります。それでも仕事が有ればまだ良いが、一旦完全に退職して新たに就職先を探すのはかなり難易度が高いのです。それもそのはずで、同じような境遇の人が沢山いる訳ですから。
よって、60歳前にこの間をどのように過ごすか、自らの事情や会社の状況、もちろん家庭の事情も含めて、ある程度方向性を付けておく必要があります。又、思うようにいかない場合も多いので、幾つかの選択肢があるとより安心だと思います。
私の経験から言えることは、例え条件が悪くなろうとも、65歳までは何とか継続して働けることがベストだと思います。

2)副収入源を準備しておく(副業・資産)

昨今FIRE(Financial Independence Retire Early)と言う言葉が目に付きます。
<経済的に独立して早期のリタイヤーを目指す>という意味だそうです。
今でこそ多くの関連書物が出回っていますが、もう少し早くキャッチしておけば良かったと思う次第です。海外にいたこともあり先送りしていたことを大いに反省。いやいや“定年”がお題目となった書物やYoutubeが如何に多いことか、ブログも含めて溢れるようにありますね。ちなみにこのブログも“Yamaちゃんのインドネシア定年ブログ”ですが。そして還暦を迎えるころから色々な書物に触れて来ましたが、やはり本当にそうなるまで真剣さが足りなかったのかも知れません。人それぞれに、その境遇、又経済状況は異なり一律に何が正解かは分かりませんし、既に多くの資産・充分な蓄えが有れば何も心配することは無いでしょう。然し普通のサラリーマンであれば、例の2000万円問題は、どうしても考えておかなければならないでしょう。イヤー心配要らないとか、2000万円では足りないとか、色々な意見が上がっていますが、これこそ人それぞれで、平均的な計算値を見て一喜一憂してはいけません。以下の状況によって、個々に大きく左右されますから。

  • 両親の状況(配偶者の両親を含む)
  • 子供の状況(主に教育、結婚、孫)
  • 住居の状況(持ち家か賃貸か?)
  • 仕事の状況(再雇用か独立か、働かないか?)
  • 相続の問題(相続税、資産分割の問題)

これらの状況を相対的に見て判断することが大切です。50歳くらいで安定した給与所得があると中々ここまで思考が至りませんが、さて定年ですとなる前に、色々な意味での副収入源、資産を形成しておくことが非常に大切です。

このように60歳から65歳は、現状色々な意味でセンシティブなお年頃と言えるでしょう。よって60歳前から十分に考えて道を選ぶべきだと思います。

年金について

年金に付いては、色々な制度が有り、また来年には大きな制度変更も御座います。詳しくは、最寄りの年金事務所にてご相談されるのが一番です。色々と参考になる書物もありますが、これらで述べられる平均値がありますが、各々の過去の経歴によって支給額はかなりバラついてきます。個人事業主と勤め人にて、国民年金、厚生年金の仕組みの違いもあり一概には言えませんので注意が必要です。
現在は厚生年金への加入が条件になりますが、まだ“特別支給の老齢厚生年金”があります。しかし、この制度は定年年齢の60歳から65歳への移行期の措置で、受け取り年齢がスライドして行き男性で今年60歳、女性で今年55歳以下の方が対象(正確には誕生日でご確認下さい。)でそれ以降は完全に65歳からの支給となります。
然しながら、これも個人差があるのでしょうが、ポケットマネー程度の額にしかならず、これに企業年金を合わせても生計を立てるのは無理でしょう。更に、働いて在職している場合は給与ベースによって年金は減額となってしまいます。
この制度も控除額上限が緩和される等、高齢者が働きやすい制度に向けた変更がされるということです。そして、60歳から65歳への定年移行措置が完了すると、今度は追って65歳から70歳への定年年齢移行措置がとられていくのでしょう。

よって、営利を目的とする企業の制度と高齢化に合わせた年金の制度の変更にどうしてもギャップが出来、その谷間で苦労するのが現在の60歳から65歳といえるのでしょう。

定年退職後の手続き

定年退職後は、会社勤めの人は、今まで会社がやってくれていた諸手続きを自らでこなす必要があります。よって十分に仕組みを理解した上で、勉強をしておくことが大切です。以下に主要項目を列記します。いくつもの支給条件がありますので、詳細は良く確認をしてから時期を逃さずに申請する必要があります。

  • 失業保険の申請
    離職理由(自己都合、会社都合)により、支給期間が異なります。これも要注意項目です。
  • 年金の確認と申請
    未だ先と考えず、対象年齢となったら申請はしておくことをお勧めします。
  • 企業年金の確認と申請
    公的年金の支給が前提となりますが、申請先が企業年金連合会となります。
  • 国民保険又は企業保険の任意継続選択と加入
    かなり支払い額が異なりますので、要確認の項目です。
  • 確定拠出年金の取り扱い(現在は60歳時)
    積み立ては現状60歳迄、2022年から65歳となる。
    60歳以降の運用も要注意です。ほったらかしの場合はこの機に確認された
    方が良いでしょう。

FIREを認識して早めの老後プランを検討

私にとっては、年金はホットな話題ですので、記せばついつい熱くなってしまいますが、私の場合も含め、思ったより多くないというケースが多いのです。よって早めに自己受取額を掴むことによって、将来構想がイメージできます。よって早いうちにFIREの体制がつくれると、無論仕事を続けるとしても、“楽な気持ち・落ち着いた気持ち”で仕事が出来る、或いは老後を暮らせることになります。ここに後進へのアドバイスと致しますが、64歳となる私もまだまだ先があります。物事を始めるのに遅いということは無い。“今日が人生で一番若い日”(両学長の名言引用)で、何でも実践していきたいと思っています。頑張って行きましょう。

海外赴任で定年退職やること一覧

“定年退職後の反省”に続き非常にニッチなケースかも知れませんが、少なからずこのようなケースで色々と迷うことも多いかと思います。私の経験をもとに、やることリストを記しましたので参考として下さい。但し、個々人の年齢や状況によって条件は大きく異なると思いますので、充分にご注意の上、自ら良く確認されることをお勧めします。

前提条件

2021年10月現在64歳の中半となりますが、2020年の年末に63歳中半で、出向先インドネシアの現地法人の契約打ち切り、そして自動的に日本での再雇用契約も終わりとなったケースです。ここに至るまでも、現地側と日本側の契約を数次に渡り延長し、微調整の上で両契約期間を同一タイミングにして貰っております。
先ずは、帰国と同時に定年退職となった訳で、様々な公的な手続きが必要となります。
ここで、まじまじと“日本国民”であったことを再認識致しました。ちなみにコロナ禍での帰国となりましたので、諸手続きは二週間のホテル自主隔離後となりました。
私の場合、直ぐに次の仕事に就いていないので、時間的な余裕がありましたが、例えば直ぐに次の仕事が決まり海外にとんぼ返りとなる場合は、また更に大変なのだろうと思います。というのも各手続きのリードタイムは長いものが多く、申請から承認までの時間的猶予を考慮しないといけませんので。この点も、次のステップの行動計画と合わせて充分に考慮しておく必要があります。
よってこの前提での諸手続きとなります。順不同のリストとなりますが、海外赴任からの定年退職との前提でのチェックリストとしてお使い下さい。

主な実施手続き項目

  • 一般的な会社退職手続き
    私の場合、出社不要。郵送にて全て完了しました。失業保険受給の為の、離職票の受け取りは大切です。
  • 住民票の日本居住への戻し
    当初は、現地滞在証明にて各手続きを実施しようと考えましたがほぼ不可能。
    年金は煩雑な手続きを経て可能かと思いますが、マイナンバーカード取得、及び国民険への加入は住民票が無いと出来ません。
  • マイナンバーカードの申請、作成手続き
    マイナンバーは住民票を入れると自動的に付与されますが、カード本体は申請の上、本人が受領する必要があります。
  • 特別支給の老齢厚生年金の申請
    60歳から64歳迄で、年齢により支給開始時期が異なります。又、定年年齢の60歳から65歳への移行期間の措置なので、対象年齢に注意が必要です。
  • 企業年金の申請(企業年金がある場合/支給は上記公的年金とリンク)
    企業によって異なります。年金事務所で確認は出来ますが、申請は企業年金機構となります。又、公的年金の受給が受け取りの条件となるようです。
  • 企業健康保険から国民保険への切り替え
    個々にかなり条件が異なります。企業の健康保険は最長二年間の延長が可能です。
    退職前の給与が高いと、国民保険料もかなり高額となりますので、要確認項目です。
  • 確定拠出年金の解約、又は処理
    現在は、積み立ては60歳迄、来年制度変更があり65歳までの積み立てが可能となります。解約方法も色々ありますので、一度どうするか検討されると良いでしょう。
    解約時は退職金扱いとなり、税優遇措置があります。又、運用のみも可能です。
  • 赴任地の税務処理(納税番号の廃止等)
    現地法人の提携法律事務所に任せていますが、前年分の措置と現地納税者番号の抹消で幾度かのメール交信、資産報告等が発生しました。
  • 失業保険の申請手続き(ハローワーク)
    これは重要ですが、個々の条件によって支給額及び支給期間が決まって来ます。
    先ずは、書類を整えて申請をする必要があります。受給期間中は、これが優先となり公的年金は停止となります。
  • 印鑑証明登録
    上記手続き中のどれかの申請時に必要となりました。住民票が必要となりますので、住民票を戻した後に申請が必要となります。
  • コロナワクチン接種(2020年の10万円給付金はもらえず)
    住民票ベースで接種券が郵送されます。よって住民票が無い(海外在住者)と送付されません。十万円の給付金は海外赴任中にて貰えず。又、今後コロナワクチンの三回目がありますので、案内を受けるのに住民票は必要となります。但し、海外帰国者の特別枠等は準備されると思います。
  • スマホの契約変更その他諸々

それ以外に日本での生活へのマッチング

  • PASMO
  • メルカリ
  • 電子マネー
  • 銀行口座のモバイル対応
  • 証券口座の開設(オプション)

昨今は、日本も電子マネーが急速に普及しており、海外に比較して遅れながらも一般化してきております。様々なプロバイダーがあり、場所によって使える使えないなど結構煩雑です。又、種々情報のインプット等がありますが、その便利さにも改めて感心しております。然しながら、ユーザーIDやらパスワードやらも非常に煩雑化してきており、これらの申請や初期設定でかなり苦労を致しました。恐らく今の若い方々は、さして抵抗が無いのでしょうが、この年齢になると結構厳しいものがあります。なんどもやり直しながらなんとかやっている次第です。

インドネシアへの思い

実は、インドネシアで継続して仕事を探し働きたいとの思いがあり、色々なネットワークを構築して来ましたが、コロナの影響もあり残念ながらそのままの継続滞在を諦めて後ろ髪を引かれながらの帰国となりました。どの道日本の会社も定年退職する訳ですから本帰国との扱いになる訳ですが、帰国は一時帰国のような気分でした。未練がましく日本の住民票は入れづに、そのまま出国するかなと思っていたのですが、どうやらそれでは諸手続きも儘ならないことが分かり、住民票を即刻入れるとの判断に至りました。無論、インドネシアの地で仕事が無ければ長期滞在は出来ない訳で、これはコロナだけの問題では無かったのです。